中崎町に、呼ばれてる。
苦いコーヒーが苦手だった青年が、世界の朝をこの街に連れてくるまで
── コーヒー焙煎所『PAUHANA COFFEE』吉岡仁さんに聞く
この連載は、中崎町の人に会いに行く連載である。
朝9時。開店前の路地は、まだ静かだった。
駐車場の一角にあるコンテナの形をした小さな建物。
入口近くにある料金表の看板の下部には、スポンジが貼ってある。
「頭をぶつける人が多くて」と店主が笑う。可愛らしい内装は、自分たちの手でつくったものだ。

パウハナコーヒー。2024年1月に、ここ中崎町で始まったコーヒー焙煎所兼販売所である。
迎えてくれたのは、吉岡仁さん。話を聞いているあいだにも、ヨーロッパから来たお客さんが朝のコーヒーを飲みに立ち寄り、ご近所の方が「おはよう」と顔を出していった。
「苦っ!」から始まった
コーヒーとの出会いを教えてください。
小学校1、2年生ぐらいのときに、おじが飲んでいたネスカフェです。匂いはいいなと思って飲んでみて、「苦っ!」みたいな。でも砂糖とミルクを入れたら美味しい。それが僕の初めてのコーヒー体験です。
それにハマりはしなかったんですけど。大学生、20歳ぐらいのときに、中崎町によく遊びに来ていて。当時はカフェなんて全然なくて、古着を見に来たり、梅田に行くまでの道中の散歩みたいな感じでした。
そこから、どうしてコーヒーに?
新しい趣味を探していたんです。大学生あるあるじゃないですか。たまたまYouTubeで、キャンプでコーヒーを挽いて淹れている人を見て、これは人生経験で専門店に行ってみたいな、と。
いつもラテを飲んでいたお店で、「何かいいコーヒー屋さんないですか」と聞いたら、当時の店長さんが「面白いよ」と言って紹介してくれたお店がありました。僕が一方的に「師匠」と言っているお店です。そこで飲んだエチオピアのアイスコーヒーが、本当に初めての出会いでした。
コーヒー屋さんでコーヒーを頼んだのも初めてだし、浅煎りのコーヒーを飲んだのも初めて。ブルーベリージュースみたいな味がして。そっからですね。
苦いのが苦手だった青年が、中崎町の路地でコーヒーに出会い直した。パウハナコーヒーの物語は、そこから始まっている。

店を持たない日々が、今の常連さんをつくった
お店を持つ前から活動されていたそうですね。
2022年頃から、間借りや飲食店さんとのコラボで、店舗を持たずに活動していました。知り合いの飲食店さんに声をかけていただいたり、そのつながりで「うちにも出店に来る?」と広がっていったり。マルシェにも出ていました。
その頃は、新しいお客さんと出会っていく日々でした。その頃に出会った人が、今、常連さんとして来てくれています。
中崎町でいうと、ピザ屋さんやハンバーガー屋さんとコラボさせていただいたり。いろいろな先輩方に協力いただいて、なんとか、という感じですね。
中崎町に、呼ばれてる
なぜ、中崎町だったのですか。
中崎町が好きだから、ですね。
最初は古着目当てでした。でも、その出会いすら覚えていないんです。なんか、気がついたらいましたね。
今は歩いたらどこにでもカフェがありますけど、当時は住宅街を冒険している感じがあったんです。ただの住宅街だったのに、路地に入ると突然出てくるカフェとか古着屋。中崎には迷子になりに来るんですよ。Googleマップを使わずに歩くのが面白いんです。そういうので好きになって、気づいたらここにお店を出していた、という。
このコンテナとは、どう出会ったんですか。
お店をやるのにいろいろテナントを見て、中崎町に絞っていたんですけど、その頃から開発が盛んで。全然出店先が見つからなくて、仕方なく他の場所にするか、と諦めかけていたときに、「ここにコンテナ建ちます」みたいな情報がここに貼り出されていて。すぐ電話しました。中崎町に呼ばれてる、みたいな。
僕もまさか、コンテナでやるとは思っていませんでした。

諦めかけた日に、貼り紙があった。偶然と言えば偶然だ。けれど、何年も路地を歩き続けてきた人でなければ、その貼り紙には気づけなかったはずだ。
パウハナ ── 仕事終わりの、あの時間
パウハナという店名の由来は。
師匠の奥さんがハワイ出身の方で、僕もハワイが好きだったので、ハワイ語を使いたいなと思って。パウハナって、仕事終わりのリラックスタイム、ビールを飲んだり、みたいなイメージがあります。そういうオフの時間を楽しむ文化っていいよね、というので。
お店で大切にしていることは。
僕も最初、苦いコーヒーが苦手だったんです。浅煎りのコーヒーに出会って、コーヒーが好きになった。苦くなくて、綺麗な酸味があって、甘みもあって、フルーツみたいな香りがある。
紅茶を飲んでいるわけでもなく、苦いコーヒーを飲んでいるわけでもない。程よい飲み物。一杯で完結している。
それを飲んでいる時間とか、それを飲みに行くために出かける旅行だったり、休日の時間を考えていくのが楽しいなっていうのを、提案していきたいなと思っています。
吉岡さんがすすめる一杯は、パウハナブレンド。ひと口目はオレンジのように爽やかで、あとからチョコレートやベリーのような味わいがやってくる。隣り合う国、ケニアとエチオピアの豆を合わせた、季節ごとに中身が替わる一杯だ。
掛け合わせることで、本当の意味で僕らにしかない味ができるんです。

世界の朝を、中崎町へ
海外での経験について教えてください。
中学生のときにオーストラリアでホームステイ、高校生のときにニュージーランドで、乳牛の牧場にファームステイをしました。海外旅行には、めちゃめちゃ行くようにしています。今年の2月は、エジプトにピラミッドを見に行きました。
英語はどうしているんですか。
なんか、ノリですね。お店の中という決まったシチュエーションなので、毎日同じフレーズで話していると、だんだん慣れてきます。
オーストラリアのカフェ文化も、見に行かれたそうですね。
メルボルンは、大阪でいう淀屋橋とか梅田みたいに、スーツを着た人たちが一気に電車から降りてきてオフィスに向かう街です。みんな、朝から絶対どこかのカフェに寄るんですよ。朝の5時とか6時から開いて、人気店になると千杯以上つくって、午後2時、3時には閉まる。
日本でちょっと忙しいお店に行くと、スタッフさんが集中していて怖かったりするじゃないですか。でもオーストラリアの人は、みんな喋ってくるんですよ。常連さんがいて、必ずメニューを覚えていて、「君はミルク変更あったよね」「今日この豆あるけどどう?」「いってらっしゃーい」。そんなのが何百人、何千人単位で行われている。楽しかったです。
この日、吉岡さんはパウハナブレンドを、オーストラリアのスタイルでも淹れてくれた。フラットホワイト。ラテよりコーヒーを多く、ミルクの泡を薄くした一杯だ。「それを実際に体験したくて、オーストラリアに行きました」。

最近は北京にも行かれたとか。
国際展示会があって、北京の人たちにコーヒーを淹れる機会があったので、お店として出展してきました。まさか僕も、人生で北京に行くことがあると思っていなかったです。行ったら、そこでコーヒー好きな人がいて、仲良くなって、スタッフを手伝ってもらったり。つながりがいいですね。
今、一緒に働いているスタッフさんは。
彼も実は最初、インバウンドのお客さんなんですよ。韓国の方で、日本にワーキングホリデーで来たタイミングで、ここで働いてくれています。初めて一緒に働いてもらう人が、海外の人だとは思っていなかった。まさかコーヒー屋をやれるとも思っていなかったですし。
お客さんとして来た人が、仲間になる。北京で出会った人が、手伝ってくれる。吉岡さんの周りでは、コーヒーが国境をまたいで人をつないでいる。
海外から来たお客さんには、よくこう言われるそうだ。
日本でもいいコーヒー飲めるんや、みたいなのはよく言われます。
来年中には、台湾の農園にも行きたいと話してくれた。
「中崎のコーヒーといえば」
これからの展望を聞かせてください。
中崎町を代表するコーヒー屋さん、カフェではなく、「中崎のコーヒーといえば」みたいになりたいです。ここは韓国からの人が多い街で、1年中、韓国の人がいる。だから逆に、韓国への出展も強化していこうかなと。
海外の出展も、全部経験だなと思っていて。いろいろお話をいただくので、タイミングが合えば行かせてもらって、そこで何か得るものがあれば、と。
もう一つのブレンドは、ニューウェイブブレンド。飲むと、桃のような味がする。こうした新しいつくり方の豆は、昔からのコーヒー好きには「ズルしているみたい」と言われることもあるという。それでも吉岡さんは、あえてこの名前をつけた。
でも結局、こういうカウンターカルチャーで文化って発達していくので、そういうのも楽しんでほしいんです。

新しいものは、最初はなかなか受け入れられない。それでも面白がって続けた人が、次の文化をつくる。その言葉は、この街で何かを始めようとしている人へのエールにも聞こえた。
これから中崎町でお店を始めようとしている人に、一言お願いします。
中崎町は、昔のノスタルジックな感じもありつつ、今どんどん新しい文化やトレンドが激しく入り混じっている街です。海外の方も、日本の方も、地域の方も。本当に何でもチャレンジできる場所なので、ぜひ思いっきり、中崎町でやりたいことをやって、楽しんでください。
海外から来るお客さんにも、一言お願いします。
僕たちは小さなコーヒーショップなので、中崎町に来た際は、ぜひ来てください。世界中から集めたコーヒーで、ユニークで美味しいコーヒーを。皆さんに会えるのを楽しみにしています。

パウハナコーヒーへ行く前に知っておくと
- 朝10時オープン。
- 最初の一杯に迷ったら、パウハナブレンド。
- 好みは「ベリー系」か「柑橘系」か、で伝えればいい。力強さが欲しければベリー系、やんわりが良ければ「柑橘系が好きです」とだけ伝えれば、教えてくれる。
- 冷めても美味しいのが、いいコーヒーのしるし。
- 「コーヒーが合わない」と思ったことがある人ほど、一度試してほしい。吉岡さんいわく「もしかしたら、そこの淹れ方に合っていないだけ」。
- 豆の販売あり。オンラインショップもある。
- 入口の頭上に注意。スポンジは、その名残である。

100年後、この街を訪れる旅人へ
最後に、100年後に中崎町を訪れる旅人へ、一言をお願いした。
吉岡さんは少し考えて、こう言った。
Dear 2126,100年後なので、おそらくデバイスとかAIは、ものすごく発達すると思うので。デジタルデトックスして、目の前の人とのコミュニケーションを楽しみましょう
Googleマップを使わずに、路地を歩く。迷子になり得る街で、突然、店が現れる。カウンター越しに「今日この豆あるけどどう?」と声がかかる。
吉岡さんが好きになった中崎町は、たぶん、画面の中にはない。
Dear 2126中崎町に泊まった旅人の「100年後への一言」も集めています→取材後記
吉岡さんは休みの日、コーヒー豆を選ぶように「今日はこの店やな」と選んで、出かけるのだという。
吉岡さんが師匠と呼ぶお店のことも、少しだけ教えてもらった。「喫茶店っぽく、二人でコソコソと。だからこそ通い続けたくなる」。静かに続けたいお店の在り方を大切にしたいので、この連載でもそっとしておきたい。気になった人は、自分の足で路地を歩いて、探してみてほしい。
取材を終えて帰ろうとしたとき、海外からのお客さんが店に入ってきた。一杯を口にして「美味しい」と笑う。カウンター越しに、吉岡さんが気さくに言葉を返す。コーヒーができあがるのを待つあいだの、なんでもないやりとり。国も言葉も違う人たちのあいだに、肩の力がふっと抜けるような、中崎町ならではの空気が流れていた。
仕事終わりの、ほっとする時間。パウハナという店名は、願いではなく、もうこの小さなコンテナの中で実現しているのだと思う。
(取材・文:月刊中崎町)
雨の中崎町に、まっすぐ立つ店がある。
人は、誰と自分を比べているのか。
中崎町に、"素敵な時間"を束ねる花屋。