雨の中崎町に、まっすぐ立つ店がある。
箱根駅伝6区から生まれた、引き算のハンバーガー── ハンバーガー『STANDY PIG』市川孝徳さんに聞く
雨の日の中崎町は、静かだ。
もともと午前の中崎町は物音が少ない。人通りもまばらで、古い長屋の軒が続く路地には、自分の足音だけが返ってくる。そこに雨が降ると、街はもう一段、音を落とす。屋根を打つ雨、瓦を伝って落ちる雫、傘に当たる音。それ以外は何も聞こえない。
その静けさの中を、大通りから一本入る。すると、こっそりと現れる。
古民家を改装した2階建て。銅板のカウンター、白と木目だけの静かな空間。メニューはたった二つのシンプルなお店だ。

雨が、この店にはよく似合っていた。
余計なものを削ぎ落とした空間に、雨音だけが満ちている。それは、この店の主が貫いてきた「引き算」という考え方そのもののように見えた。
主の名は市川孝徳さん。かつて箱根駅伝の"花の6区"を4年連続で走ったランナーである。
取材中、何度も同じ言葉が出てきた。引き算。まっすぐ立つ。エネルギー。そして、ご縁。
この店にあるものには、ひとつ残らず理由がある。二つしかないメニューにも、床を貫く一本の線にも、皿を差し出すときの一言にも。それを聞いていくうちに、いつのまにか、こちらが自分の仕事の話をされているような気持ちになっていた。
3秒足らずでオリンピックを逃した男
本日はよろしくお願いします。まず、お店とご自身の経歴について教えてください。
オープンは今年の3月5日です。僕はもともと東洋大学の陸上部で、箱根駅伝には4年連続で出場しました。実は2016年の日本ランキングで1位だったこともあるんですが、3秒足らずの差でオリンピックには出られませんでした。
高校から走っていて、実は勉強はまったくしてこなかったんです(笑)。地元の高校にも行けないくらいで。サッカー部だったんですが、「陸上をやるならスポーツ推薦で入れるよ」と言われて転向しました。校内マラソン大会ではずっと1位。走っているときだけ、ハイになれたんです。


東洋大への進学は、その実績があってのことだったんですか?
いえ、実は学力も競技実績も足りていなかったんです。たまたま行きたい大学があって、たまたまその大学のスカウトの方が高校に来ていて、声をかけてもらった。それだけです。
部員は80人くらいいて、全国からエリートが集まってきていました。始まった頃はA〜Dクラスのうち、僕はDクラススタート。でも走るイメージはできていたので、やっているうちに楽しくなっていって、夏合宿の頃にはAクラスに入っていました。
箱根駅伝を終えたあと、何を目指していたんですか?
普通なら、オリンピックとか世界陸上を目指しますよね。僕も同じでした。そのころは5000mという種目で、1kmあたり2分41秒ぐらいのペースで走っていました。
就職活動はしていなくて、いろいろな実業団からお声がけをいただいて、実業団で9年間走りました。東京オリンピックの年に、自分はもう第一線では活躍できないと、身をもって感じたんです。だから身を引こうと思いました。
競技のピークは20代中盤から後半。体が動かなくなっていく中で、経験値だけは積み重なっていく。いろいろな情報があるなかで、何を得て何を捨てるか。その引き算ができるのがベテランだと、今は感じています。
「料理には思いが乗る」——挫折の先で見つけたもの
なぜ、走ることの次にハンバーガー屋を選んだんですか?
大学2年のとき、首位でタスキを受け取りながら2位に交代して、僅差で負けたことがあったんです。「1秒を削り出せ」というスローガンが生まれたくらいの出来事でした。僕にとっては、いわゆる挫折であり、トラウマでした。
6区を走りたくない、という逃げの気持ちがずっとあって、大会の1ヶ月前まで「走らない」と言っていたくらいです。そんな中、大学の監督の奥さんをはじめ、いろいろな方が檄を飛ばしてくれました。奥さんは自分の郷土料理を手料理で振る舞ってくれて、それで体調がみるみる良くなっていったんです。
そのとき、料理には思いが乗るんだと実感しました。だから、料理を通じて何かにチャレンジしてみたいと思ったんです。ハンバーガーは、シンプルに好きだったから選びました。ハンバーガー屋はいろいろありますが、自分を表現できるとしたら「引き算の美学」のハンバーガーだと思いました。
「引き算の美学」に辿り着くまでには、何かきっかけが?
一番衝撃を受けたのは、兵庫の三田にある店です。田んぼの中に小屋があって、そこでハンバーガーを作っている。もともとパティシエだった方が、急にハンバーガーを作り始めたそうなんです。普通ならありえない立地ですが、そこを目指して人が来る。営業も昼だけで、週に2日休む。それでも一口食べただけで、ハンバーガーにはこういう世界があるんだと感じました。
そこからは研究で食べまくりました。食べなかった月が一日しかないくらいです。でも食べ続けていると感覚が麻痺してきて、何も感じなくなってくるんですよ。
最初はすごく遠回りをしました。足してみないと、物の良さは分からないんです。でも素材が良いと、いろいろ足すほどその良さが引き立たなくなる。だから削っていきました。

「ただ行動あるのみです」——6人の競合の中で
なぜ、中崎町だったんですか?
シンプルに、この街が好きだからです。初めて来たとき、「何だこの異空間は」と思いました。古さと新しさが入り混じっているこの空間は何なんだと。日本にそうそうない風景ですし、しかも隣は大都市の大阪です。
この物件も、そのまま使いたかった。この雰囲気を壊したくなかったんです。
すんなり決まったんですか?
いえ、逆です。お店のオープン日は決めていたのに、物件がまったく空いていませんでした。焦っていたときに、お世話になっている方から「こういうのはご縁だから、ただ行動あるのみです」と言われたんです。
とはいえ、それでも決まらなかった。正直焦りが募る中で、ようやく物件が決まったときには本当に安心しました。
一本の線が、店を貫いている
店名「STANDY PIG」の由来を教えてください。
STANDYは造語です。STAND=立つ、まっすぐ立つ、立ち向かう。Y=あなた。「あなたがまっすぐ立ち向かう、その先に幸せがあるよ」というメッセージを込めています。PIGは豚、僕の故郷・高知県四万十町の特産品です。
ランニングでは、まっすぐ立つことがとても大事なんです。6つの大事な要素があって、それを体に落とし込めると、身体がボールのようになって走りやすくなる。身体を中央に持ってくることが大事なんです。
だから、この物件の中央にもラインを入れていますし、お店のTシャツにも、文字にも中央線が入っています。

店内に引かれた「START」と「GOAL」のラインも、そこに繋がっているんですね。
そうです。一旦ゴールして、エネルギーをチャージして、また新しくSTARTしてほしい。そういう表現です。
「本日のエネルギーです」
この店には、決められた二つの言葉がある。
料理を運ぶとき、市川さんはこう言う。
本日のエネルギーです
そして客が席を立ち、扉へ向かうとき、こう送り出す。
いってらっしゃい、良い一日を
「いらっしゃいませ」ではなく「いってらっしゃい」。ここが終着点ではなく、通過点だという前提が、その一言に込められている。
床に引かれたSTARTとGOALのラインを思い出す。走ってきた人が一度ゴールし、エネルギーを補給して、また走り出す。ハンバーガーは「本日のエネルギー」であり、店を出る瞬間が次のスタートになる。店名の「あなたがまっすぐ立ち向かう、その先に幸せがある」というメッセージが、ここで一本に繋がる。
かつて4年間タスキをつないだ男は、店に来た一人ひとりに、毎日タスキを渡している。
お客様への声掛けで、決めていることはありますか?
一番は、この空間を楽しんでいただきたいということです。食事は決して安いものではないですが、僕が美味しいと思うものを、いい雰囲気で、失礼のないように提供したいと心がけています。
初めての方におすすめの一品と、その理由を教えてください。
やっぱり、店名にもなっている「STANDY PIG」です。特産品の四万十ポークを使っていて、国産の豚肉よりうまみ成分が3倍ほど多いという研究結果もあるんです。実際に生産現場に行ってみると、こんなド田舎で、とんでもないことをしているなと感じました。設備も含めて、シンプルにすごい。だから、こんなに良いものが生産できるんです。
元々、地元の役場の方と知り合いで、「こういうことをしたい」と相談したときに紹介してもらいました。同じ四万十に、豚と牛の生産者の方がいて、牛は年間150頭しか生産していない。誰にでも売りたいわけじゃない、というスタンスを60年以上続けている方です。
シンプルにやりたいから、トッピングもありません。僕が「美味しい」と思うものしか出しません。


独りよがりでも、刺さる人には刺さっている
一番嬉しかった、お客さんの一言を教えてください。
口コミもよく書いていただくんですが、「こんなハンバーガー食べたことがない」と言われるのが一番嬉しいです。この出し方は間違っていなかったんだと実感できます。
このメニューや提供方法にするのは、すごく勇気が必要でした。実は、酔っ払ったお客さんに「これはあなたの独りよがりだよ」と言われたこともあります。半年間営業してきて、苦しい日々も多いですが、刺さる人にはちゃんと刺さっている。満足していただける方もいる。だから、自分が持っている表現をして良かったなと感じています。
「苦しい日々も多い」と、市川さんはさらりと言った。誤魔化さない人だと思った。
トッピングを置けば、選ぶ楽しさが生まれる。メニューを増やせば、来る人も増えるだろう。それをしないと決めることは、逃げ道を自分で塞ぐということだ。削るというのは、そういう覚悟のことらしい。
箱根で4年つないだタスキ、次に渡したいもの
箱根で4年間タスキをつないできた市川さんが、このお店で次に渡したいタスキは何ですか?
このお店を立ち上げる前に、まずゴールを決めました。自分がどこまで走るのか、つまり営業をどう続けていくのか、ということです。
地元がやっぱり好きで、地元の方たちと仕事をしています。地元に対して、自分ができることがないかとずっと考えていて。世の中には、自分に自信がなくて何もできないと思っている方がたくさんいます。でも、本気でやって、素直でいれば、誰かが助けてくれると僕は思っています。
次世代の四万十町の子どもたちが、何かにチャレンジできるように、自分が応援できるお店にしていきたいですね。
人がいなければ、このお店すらスタートできませんでした。自分が本気になっていたから、いろいろな方に力添えをいただけたんだと思います。
高知県四万十町。市川さんが「こんなド田舎で」と笑いながら、同じ口で「とんでもないことをしている」と語った場所である。年間150頭しか育てず、誰にでも売るわけではない生産者が、60年以上その姿勢を続けている土地。
大阪の路地裏で焼かれる一枚には、その四万十が乗っている。
そして市川さんは、そこで得た利益の先に、故郷の子どもたちを見ている。学力も競技実績も足りないまま、たまたま来たスカウトに声をかけられた高校生が、Dクラスから夏にはAクラスへ駆け上がり、箱根の6区を4年間走った。何かにチャレンジしようとする子どもを応援したいという言葉には、その実感がある。
このハンバーガーは、大阪と四万十をつなぐタスキでもある。
これから中崎町でお店を開きたい人へ、一言お願いします。
昔と今が入り混じった、素敵な空間です。すごく活気がある。リアルな話をすると、商売としては厳しいかもしれない、特殊な街だと思います。でも人は温かい。騒ぎすぎなければ、すごくいい街です。
近隣にはご年配の方も多いので、その方たちの気持ちも理解しながら、配慮して営業していくことが大事だと思います。「俺が俺が」という感じではなく、うまく溶け込んだほうがいい。今、若い方がたくさんお店を立ち上げていますが、「自分たちがここでやらせていただいている」という気持ちを持つことが大切だと思います。
100年後の旅人へ
この連載には、必ず尋ねる質問がある。100年後、2126年にこの記事を読む人へ、一言お願いします、という問いだ。
市川さんはしばらく考えて、静かにこう答えた。
Dear 2126,約100年前に、ここで誰かが、挑戦するすべての人にエネルギーを届けていました
自分の名前を残そうとはしなかった。店の名前も、四万十ポークのことも、箱根のことも言わなかった。「誰かが」と言った。
3秒足らずでオリンピックを逃した人が、9年間走り続けた末に競技を離れ、料理には思いが乗ると知り、6人の競合の中から選ばれた古民家で、毎日「本日のエネルギーです」と皿を差し出している。その全部を、たった一行に畳んで、100年先へ手渡した。
STANDY——あなたが、まっすぐ立ち向かう。
100年後、この街を歩く誰かが雨宿りに立ち寄ったとして、店の名前は変わっているかもしれない。それでも、床から壁まで貫くあの一本の線の意味は、きっと変わらない。
Dear 2126中崎町に泊まった旅人の「100年後への一言」も集めています→静かに、さっそうと
取材の間、私たちはずっと、市川さんの所作を見ていた。
厨房から席へ、席から厨房へ。皿を運び、水を注ぎ、扉を開ける。ただそれだけの動きなのに、目が離せなかった。無駄がない。音がしない。涼しい空間を、さっそうと走るランナーがそこにいた。
走ることをやめた人ではなかった。走る場所を変えただけの人だった。
考えてみれば、この店にあるものは全部そうだ。床から壁まで貫く一本の線にも、二つしかないメニューにも、皿を出すときの一言にも、帰り際の見送りにも、必ず理由がある。思いつきで置かれたものが、ひとつもない。一つひとつに、意味とメッセージが宿っている。
だから、ここには学ぶ空気がある。
ハンバーガーを食べに来たはずなのに、帰るころには自分の仕事のことを考えている。自分は、これほど一つひとつに意味を込めて働いているだろうか、と。
この店を訪ねる人へ
大通りから一本入るだけで、街の音が遠くなる。
扉を開けると、白と木目の静かな空間。メニューは二つだけ。迷う必要はない。運ばれてくるとき、「本日のエネルギーです」と声がかかる。
四万十ポークのうまみを、余計なものが邪魔しない。トッピングはない。足すのではなく、削ることで辿り着いた味だ。
食べ終えて席を立つと、こう送り出される。
「いってらっしゃい、良い一日を」
市川さんは、初めて中崎町に来たとき「何だこの異空間は」と思ったという。そして今、その街の一角に、市川さん自身が異空間をつくった。
扉を開けた瞬間から、大阪の真ん中にいることを忘れる。日本ですらないどこか、遠い国の午後に紛れ込んだような時間が流れている。ほんの少し時間が空いた日に、老若男女、誰が訪れてもいい。何かに立ち向かおうとしている日なら、なおいい。
いつもと違う空気を吸いに行く。それだけの理由で、十分にこの扉を開ける価値がある。
取材後記
挫折から逃げようとした6区で、市川さんは監督夫人の手料理に救われたという。その体験がなければ、STANDY PIGという店も、この街に立つ古民家の静けさも、きっと存在しなかった。「引き算の美学」という言葉の奥には、一度すべてを失いかけた人にしか語れない実感がある。
取材の日は雨だった。静かな午前の中崎町に、雨音だけが響いていた。その静けさが、不思議なほど似合う店だった。
正直に書けば、聞き足りなかった。聞きたい話の続きが、まだいくつも残っている。競技を離れると決めた日のこと、四万十の生産者との時間、これから店をどこまで走らせるのか。次に会うときは、その続きを伺いたい。
4年間タスキをつないだ人は、今も走っている。走る場所を、中崎町に変えて。その先に何が待っているのかを、私たちは見届けたいと思う。この街で、みんなで。
- お店
- ハンバーガー『STANDY PIG』(中崎町)
- オープン
- 2026年3月5日
- メニュー
- STANDY PIG(四万十ポーク) / STANDY BEEF
記事の内容は取材時(2026年9月)のものです。
人は、誰と自分を比べているのか。
中崎町に、"素敵な時間"を束ねる花屋。
中崎町の中心から始まるのは 整う身体 楽しい旅