中崎町の記憶と今 昔ながらの仕出し弁当屋から
―老舗仕出し弁当屋「濱鮓」大西さんに聞く、まちとともに生きた50年―
梅田のすぐ隣、路地裏に古い家並みが残る中崎町。
古民家カフェや古着屋が並び、若者に人気のまちになった今も、
ここには長く暮らす人々の息づかいがある。
今回は、創業110年を迎える老舗仕出し弁当屋「濱鮓(はまずし)」の店主 大西さんに、
昔の今の中崎町の姿について伺った。

中崎町との出会い、思い出
中崎町との出会いはいつ頃ですか。
大西さん.この街との付き合いは嫁に来てからやねえ。もう50年になるわ。
店の向かいは小学校やったし。
当時から古民家みたいなのは、ずっと残ってたよ。
大空襲があったけど、この辺は学校の周りやったし、なんとか残ったみたいよ。
濱鮓さんは、どんな風に今までお店を切り盛りしてきましたか。
大西さん.仕出し弁当なんかも始めはやってたよ。
昭和58年に建て替えるまでは、二階建ての鮓屋やったし。
旦那とその兄が調理場に立ってたよ。
それ、大きい冷蔵庫。そのまま出前の準備とかしとけるようにさ。
河合社長(Gaku株式会社 社長).うわ、大きい冷蔵庫ですね~!
大西さん.アンタ入れるんちゃうか(笑)
河合社長(Gaku株式会社 社長).出れなくなるんでやめてくれますか(笑)
昔の中崎町で印象に残っている出来事はありますか?
大西さん.豊崎神宮のお祭りかなあ。
そりゃもう賑やかやったよ。子どもも人もようけおったし。
今も、一時減ったとはいえ、また増えてきてるみたいやけどね。
私の子どもが学校行く時なんかは、ギリギリ2クラスとかやったかな。
1クラスは40人行くか行かないか。今はどうなんやろね。
戦前とかに比べたら、その時はめっちゃ少なかったねえ。
昔の人づきあいはどんな感じでしたか?
大西さん.宅急便を代わりに受け取ったり、『自転車いらんから使い~』って譲り合ったりね。
けがしたら誰かが飛んできたもんよ。
昔は人との付き合いがやっぱり濃くて、その分、めんどくさいことも多かったけどね。

今の中崎町
今の中崎町で感じることは?
大西さん.最近は新しい人がようお店をやってはるね。
何屋さんか全部はわからんけど、カフェとか、アサイー?とか。
植物いっぱいのとことか。色々変わったよなぁって思うよね。
人が集まるのはええことやと思うけど。
昔のほうが良かった、と思うことはありますか?
大西さん.いや、特別よかった!とは思わへんね。
長く暮らしてきて、どんなところが住みやすいですか?
大西さん.便利やねん。梅田も天満もすぐやし、スーパーも多いし、物価も安い。
若い人は一回来て終わりかもしれんけど、うちらみたいに長く住んでる人間には、ほんま住みやすい町やね。
よく行くお気に入りの場所はありますか?
大西さん.気ぃ使わんでええ場所が好きやねん。
葉村温泉、クラブ温泉、楽天地温泉、天六温泉、なにわの湯。
居酒屋なら『かめや』『幸楽』、焼肉は『姜家』、
天満の『だいわ食堂』もお気に入りやね。
これからの中崎町へ
新しく住む人へのアドバイスをお願いします。
大西さん.昔からの人と仲良うしてな。
どこが安いか、何があるか、住んでる人しか知らんことようけあるから。
遠慮せんと声をかけたらええんよ。

『濱鮓』
中崎町の一角で、街の歴史を見つめながら元気に営業中の老舗仕出し弁当屋。
店主の大西さんは76歳、まだまだ元気で若々しい方という印象を受けました。
中崎町を愛し、お風呂屋さんなどお気に入りのお店を楽しみながら
暮らしていることが、その若々しさの秘訣なのかもしれません。
”地域の元気なお母さん”が、創業110年の老舗仕出し弁当屋から、昔と今を見つめています。
ととのう街・中崎町で、ととのう人を。
中崎町に、呼ばれてる。
雨の中崎町に、まっすぐ立つ店がある。